⚠️メンテナンス中⚠️狭いベランダは我が森ぞ

言いたい放題な生息記録

August 2015

前回、腰抜け野郎について書いていたら、ある人物を思い出したので、今回はそれを書きたいと思います。
高校時代に出会った、ノリ君。彼は、不良に憧れていました。


ノリ君は、誰がどう見ても不健康そうなもやしっ子
ですが、ヒョロヒョロした体を麻薬の影響で痩せちまったから、足を洗ったんだぜ」とアピールしていました。

ただの天然パーマを「やべー、パーマが取れてきちまったな」とアピール。
元々髪が薄いのを「小学生の頃から剃り込み入れてたから生えてはえてこねーんだよ」とアピール。
元々眉毛が薄いのを「ちょっと細くしすぎちまったか。一般人に怖がられちまう」とアピール。
とにかく、『ワルな俺ってかっこいいだろアピール』が凄まじかったです。


とにかくノリ君は、どうしようもない嘘ばかりついていました。以下が主な嘘です。

「暴走族の先輩が、絶対に誰も単車のケツに乗せなかったのに、俺だけは乗せてくれた」
「その先輩は死んだけれど、俺のことだけは認めてくれていた。形見の特攻服が家にある」
「俺が一声かければ三十分以内に五百人集まる」
「中学の頃、髪が全部銀色だった。暴走族の頭をやっていて、シルバーウルフと呼ばれていた」
「気合が入っていたので、昔の写真は笑顔が一枚も無い」
ヤクザの命を助けたことがあり、今でも一目置かれている」



そんなある日、私と友人は、ノリ君の家に遊びに行くことになりました。(特攻服やら昔の写真やら、証拠が見たくて)
ノリ君は「オヤジが帰ってくるとマジでやべえから、夕方までに場所変えようぜ。昨日も喧嘩で窓ガラス割っちまったから」と言っていましたが、無視。あえて夕方にノリ君の家に行きました。

ごく普通の綺麗な一軒家で、窓ガラスひとつ割れていませんでした
そして、ノリ君の部屋は、不良どころか小学生のようなかわいらしさ!綺麗に整頓されており、まるでニッセンのカタログに載っていそうな部屋でした。
スヌーピー柄のベッドや、洗いたてのシーツの匂いが印象的でした。


※イメージ図
snoopy


レゲエとロックしか聴かないと言っていたわりには、CDラックに平和な歌謡曲の背表紙が並んでいました。
私と友人は、形見の特攻服とやらが見たいと言いましたが、「見せちゃいけない掟があって、掟を破るとやばい」だの何だのと誤魔化されました。
昔の写真も、「後輩が欲しがるからみんなあげちまった」とのこと。


しばらく部屋で談話していると、ノリ君のお母さんがオレンジジュースとクッキーを持ってきてくれました。確かルマンドやエリーゼもありました。
ものすごく優しそうで、品の良さそうなお母さんは、「ノリ君と仲良くしてくれてありがとうね」と、にこにこしていました。
その上、「お夕飯、シチューでよければ食べていってちょうだい」と。

リビングに案内されると、お父さんがいました。これがまた真面目そうなお父さんでした。
苦しい!苦しいよノリ君!もう苦しすぎるだろうよ!


お父さんやお母さんが、「ノリ君は学校でどう?」「昔からノリ君はおとなしい子で」「ノリ君、すぐ風邪ひくんだからあったかい靴下履かないと」などと言うたび、ノリ君は気まずそうでした。
私は心の中で『こんな良いご両親がいるのに、シルバーウルフどころか嘘つきオオカミ少年になりやがって』と思いました。


そんな中、友人が言ってしまいました。

「ノリ君ってこうしてると暴走族の頭には見えないですよねー」

その瞬間、空気が固まりました。


お母さんは震えながら泣きそうな顔で「何?何なの?暴走族?」とオロオロ。
お父さんは「学校に不良がいるのか?むりやり何かやらされてるのか?」と険しい顔に。

友人は容赦なく続けます。

「ノリ君って、髪全部銀色だったんですよね?」

お母さんは青ざめた表情で口元をおさえながら、「えっ?どういうことなの?」と。
何かを察したお父さんは、「ノリ、ちょっとあとで話があるからあっちの部屋に来なさい」と。


私は、やさしい味のシチューを急いで食べ終えると、鬼畜な友人を連れて素早く帰りました。
友人は帰り道で大爆笑していましたが、私はご両親の気持ちを考えると笑えませんでした。むしろ大きな溜め息が出ました。


翌日学校で会ったノリ君は、「あれは本当の親じゃないから知らないんだよ。やっかいな事に巻き込まないために、俺は偽りの姿で暮らしているんだ」と言ってきました。
私と友人は「あー、そうなんだー」としか言えませんでした。

ノリ君は、どうしてこんなにほほえましいほど、不良に憧れていたのでしょう。
強くなりたい、強く見せたいと思った時、わかりやすく強さを感じるもの、それが不良だったから?
アイデンティティーを喪失しないように、自分を不良にカテゴライズして、安心したかっただけなのかもしれませんね。

まあ、そんなノリ君も、小学生に絡んで「生まれてきたことを後悔させてやろうか」と芝居がかったセリフを言ったことから、 全友人に見放されましたがね。

ここしばらく、寝屋川市の中学1年の男女が遺体で見つかった事件が、世間を騒がせていますね。
遺体には『刺し傷』ではなく『上から下への切り傷』が30か所以上もあるということで、ずいぶんねちっこく甚振るのが好きなんだなあと感じました。
遺棄で逮捕された前科持ちの男、山田には早く何もかも正直に吐いてほしいものです。


誰が悪いって、拉致して殺害した奴が一番悪いのですが、子供を深夜にブラブラさせる親も悪いですよね。
特に少女のほうは前々から日常的に泊まり歩いており、自宅の玄関前に簡易テントを広げたこともあるそうで、よっぽど家での居心地が悪かったのでしょう。

反抗期の子供を持つ親が「なんで子供をちゃんと躾けないんだ」と言われてよく返すセリフに「言ったって聞かないんだもの」というのがあります。
この少女にもそういった背景があったのかもしれませんが、何にせよ『野宿が当たり前』のような生活はおかしい少年少女の親だけでなく、周囲も何とかすべきだったのでは?と思います。
少年少女が相談できる場所はもちろん、言い方は悪いですが「こういう子がいる」と周囲の人間がチクれる場所、問題視して取り組んでくれる場所などがあれば、事件は防げたかもしれません。


こんな事を書くと、「じゃあおまえが助けてやればよかったじゃないか」というようなことを言ってくる人がいますが、うーん、そういうことじゃ…
ただ、これだけは言っておきます。私は過去に三人(16歳、17歳、18歳)を助けたことがあります。これは決して自慢などではありません。

その頃の私は24歳。身を粉にして働き、ちょうど極貧から這い上がったところでした。
三人はそれぞれの事情で家に帰れず、友人の母親の紹介で仕事を始めたばかり、安いカラオケボックスかファミレスで寝泊り、というような状態でした。
私は一人暮らしをしており、値段の安い寮に移ろうと思っていたので、しばらくの間アパートを三人に貸すことにしました(本当はいけないことですが)。そして自分はすぐ近くの寮へ。約三か月間部屋を貸し、時には食事の面倒をみました。
 
そして、アパートに残っている荷物を寮に移そうとしたある日、全てが無くなっており、あるのはゴミの山。 
連絡もつかなくなり、それっきりです。 
おい、クソガキども!せめてエフェクターと漫画を返せ! 


話を戻します。
 
容疑者は事件の二日前に東京都内で職務質問を受けており、車からスタンガンや手錠、注射器などが発見されています。
しかし、薬物検査で陰性だったこと、スタンガンには電池が入っていなかったことから、すんなり世に放たれてしまっています。
過去に男子中高生を監禁して逮捕された際も手錠を使っているんだし、どう考えても怪しいと思わなかったのでしょうか?せめて追跡調査をしてほしかったです。

この事件、少年少女側からも、犯人側からも、防げた可能性が非常に高いです。


気になるのは、少女が友人に「子供できた」とメッセージを送っていた件。これは山田によるなりすましだったのでしょうか?
そして、遺体となって発見された少年のポケットから、山田のものではない精液が付いたコンドームがみつかった件。わざわざポケットに入れるあたり、山田による偽装工作でしょうか?

その他にも様々な点が不可解なままです。性的な問題は報道されない傾向にありますが、あやむやなまま幕を閉じるのではなく、キッパリと発表していただきたいです。
ネット上である事無い事噂され続け、いつまでも苦しむ破目になるのはご遺族なのですから。


それから、この事件で私が最も気になったのは、世間の反応です。それは、こんなに残忍な事件にもかかわらず、被害者の美醜を問う声でした。
「男の子のほうはすごく可愛いのに」「女の子はどの写真でも酷いブス」「男の子が可愛いから狙われた」「女の子は邪魔なおまけ」
こういった声が、ネット上からも喫茶店の隣席からも聞こえてきて、なんとも言えぬ気分になりました。


それにしても、車で大移動しまくって、刑務所へ面会に行ったりカレーを食べに行ったり、山田の行動力は凄いです。
まるで死期の迫った人間のようだと、ふと思いました。
福島で汚染除去作業員をしていたと聞くと、癌にでもなったんじゃないか?それで最後に好き放題やってやろうってことになったんじゃないか?と思わずにはいられません。

共犯者がいるのなら、なぜ庇うのか。
ヤクザにビビっているだけ?それとも、自分が捕まった後の両親の世話や、現在の恋人の見守りでも頼んでいるのでしょうか?
そんな優しさは無いと考えると、見守りというより見張りですかね。
また、獄中結婚した女性との離婚理由は、『女性よりも女性の連れ子を溺愛したこと』とされていますが、そこにも性的な匂いを感じずにはいられません。


山田には逮捕歴があるわけですが、それ以外のも多数の犯罪を犯しており、被害者は大勢います。
ニュースサイトに挙がっている問題行動以外にも、昔ナイフで脅されて軟禁されたなどのトラウマに今でも苦しんでいる人がいます。



以下、ニュースサイトより転載

山田容疑者は、現住所の寝屋川市の隣にある枚方市の出身。少年時代は市内の公営住宅で、両親と妹の4人暮らしの家庭で育った。

小さい頃は“山田”とは異なる姓で、地元の小中学校に通っていました。同級生たちの話によると、当時は近所の駄菓子屋でよく万引きをし、それを見せびらかしていたといいます。
時には親の金を1万円単位で無断で持ち出し、『みんなに食べ物奢ってやる』などと自慢して、周囲が引いていたそうです。
そのため、孤立することが多く、いつも一人ぼっちだったイメージが強いと言われています(全国紙社会部記者)

そんな学校内での人間関係が影響したのか、中学3年生の頃から素行が悪くなり、卒業後も定職に就くことはなかったという。

中3の後半あたりに地元の不良グループに入ったんです。といっても、積極的に溶け込むというより、及び腰で後ろから付いていく感じ。
結局、リーダーたちの使いっぱしりをさせられて、4~5年で外れたようです(中学の同級生)

その後は、自宅近所の雑貨屋やコンビニでアルバイトをしながら生計を立てていたが、2002年には少年に対する監禁事件を起こしている。

寝屋川市駅前のロータリーで行われたアマチュアバンドの演奏を聞いた帰りの17歳の少年2人に道を尋ね、自分の車に連れ込んだところで、手錠で拘束。さらに両手足を粘着テープで縛り上げた。
車内に4時間にわたって監禁し、約4キロ離れた公園で開放したのですが、その間に2人の顔や胸をライターで炙り、火傷を負わせています(前出・社会部記者)

また、その20日ほど後、今度は中学生の男子を同様の手口で車内に監禁。これら一連の事件により、山田容疑者は逮捕された。
事件後、山田容疑者の家族は公営住宅から姿を消し、現在のマンションに引っ越している。一方の山田容疑者は、事件を起こす前に近所で知り合った子持ちの女性と枚方市内で暮らし、その後、結婚生活を送っていた時期がある。

一説には、これが盛んに報道されている“獄中結婚”だという情報もありますが、いずれにしても山田容疑者は、この女性というよりも、連れ子の娘を溺愛していたフシがあり、わずか2年足らずで破綻したようです(在阪記者)

出所後、山田容疑者は母方の親戚と養子縁組を結び、それまでの姓から“山田”に名を変え、親と同居するようになったという。
昨年11月頃からは、福島第一原発事故の放射能除染作業を請け負う神奈川県内の建設会社に契約社員登録。福島県二本松市郊外に除染作業員の宿舎として会社が借り上げた民宿で、寝起きしていた。
同僚の話では、山田容疑者は休日といえば同僚とパチンコに行く他、スマホを使ってロリコン系の出会い系サイトを漁ったりしていたようです。自宅との行き来の間には、東京や川崎のデリヘルも利用していたとのことです(前出・社会部記者)

浮かび上がってきたロリコン性癖。しかも、「彼は本当は小さな男の子が好きなはず」(知人)との証言もあり、この男の歪んだ欲望は男女を問わない“両刀遣い”であったことも明らかになりつつある。

山田容疑者と特定はできませんが、2年前には公園で遊んでいた女児が近くの雑居ビルに連れ込まれる事件があったり、カッターナイフをかざした不審な男に女児が追いかけられることが度々あったりと、不審な人物の情報が相次ぎ、近所の住民は怖がっていたんです。
今のマンション付近でも、最近では30代の女性をつけ回していたという話を聞いています(地元自治会員)

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拾った松ぼっくりをテーブルの上にかざっておいたら、すぐにカールが見つけて、どこかへ持って行こうとしていました。
噛んで破片が腸閉塞のもとになったら大変なので、没収!


カールは毛布やトイレ砂も度々食べてしまうので、毎回ハラハラします。
色々試したのですが、毛布らしい毛布(フリース素材など)は100%食べてしまうので、私の不要になった服を小屋に入れるようにしました。
しかし、素材によっては食べてしまいます。

先日、Tシャツを与えたら、全く食べないまま数日が経ったので安心しました。今回は大丈夫そうだなと。
ところが、真夜中にクチャクチャと音が!
まさか!と思って見ると、カールは素早く頭をあげてこちらを向いてしらばっくれました。
しかし、その両手にはしっかりと、よだれまみれの布端が握られているではないか。


リモコンのボタン(ゴムの部分)もかじるのが大好きなので、カールを部屋に放つ時は全てのリモコンを避難させます。
でも、カールはテーブルの上にリモコンがあったことを覚えており、毎回「ここにあったはずだ!」と必死に探すんですよ。

そこで、玩具のリモコンを与えたところ、目をキラキラさせて大喜び。
人間の子供用の玩具なので、かじっても安心な素材と強度。
以来、他にも魅力的な玩具はないかと、子供もいないのにベビー用品売り場をうろつき、真剣な表情で玩具を探すわたくしです。

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部屋を走り回った後、ガツガツご飯を食べ、眠り始めたカール。
何もかもが全力なその姿、見習いたいです。

ちなみに、私の手はもう絶対にかじりません。たぶんね。
飼い始めた頃は噛み癖がありましたが、躾で“私の手だけは”かじらなくなりました。
指でフェレットフードを一粒つまんで与える時も、以前は指も一緒に噛む勢いでしたが、今は歯が当たらないようにそーっと受け取ってくれます。
遊んでいて偶然強めに歯が当たってしまった時も、やばい!という顔をしてペロペロ舐めてくれます。

私が16歳の頃、友人Mからナス男(18歳)を紹介された。アイパー風の髪型で、虎の刺繍が入った毛玉まみれのトレーナーを着ている、昔の不良っぽい風貌の青年だった。
以来、皆で遊んでいると頻繁にナス男が合流してきたのだが、いつも同じトレーナーだった。きっと、あれが彼の一張羅だったのだろう。


ある日、M宅で遊んでいると、ナス男からMに電話がかかってきた。ナス男はいつものように、「たまたま通りかかって今家の前にいるんだけど」「ちょっと出てきてよ」などと言う。
ドアを開けると、ナス男はなぜか自分の頬をグーで何度も何度も殴っていた

「歯が痛いからよお、それを超える痛み与えて紛らわせてんだ」

バカなアピールにドン引きする私とM。ナス男は続ける。

「怖がらせちまったかい?大丈夫だって、おいら優しいから。な?Mちゃん」

Mが「はあ」と曖昧な返事をすると、ナス男は「おいおい、優しいじゃんよー、誤解されちまうじゃんよー」と、なんだか嬉しそうだった。「俺って怖いかなー?そんなに怖く見えるかなー?」と。


ナス男は、『たまたま持ってきている』という大量の写真を見せてくれた。拝見すると、全部ナス男が一人で映っている写真だった。しかも、自分で撮ったらしきアングルのものばかり。
カラスマスクをしていたり、模造刀を持っていたり、バリエーションは豊かだったが、友達などは一切映っていなかった
私は反応に困った。Mはもう何度も見せられているようだった。


そう、ナス男には友達らしき友達などいなかった。
無理してビップカーを買った時、しばらく地元の後輩やら先輩やらが寄ってくるようにはなったが、それは友達ではなかった。誰もがタクシーとして使ったり、車を借りにくるだけ
先輩とやらに車上荒らしをされたこともある。確実に犯人は先輩だとわかっているのに、ナス男はヘラヘラへコヘコして見過ごしていた。
何を隠そう、ナス男は『不良』などではなく、不良に憧れるただの不良漫画が好きな気弱っ子。格好だけの、コスプレイヤー。戦う術など知らないのだ。



そんなある日、私がバイトを終えて外に出ると、ナス男がいつものトレーナーを着て待っていた。
「話したいから10分だけ時間ちょうだい。5分でいいから。2分だけでも」
そう言われて駅前のベンチに腰掛けると、ナス男は独り言のようにこう言った。
「あーあ、アルコちゃんがおいらの女になってくれたらなー」
女という言葉にイラッとする私。
「女いないの仲間内でおいらだけだもんなー」

その時だった。
体の大きなパンチパーマのおっさんが駅から近付いてきた。
ぶっとい金のネックレス、刺青の入った腕、見るからにヤクザ。もしくはヤクザ崩れ。
おっさんは酔っ払っているようで、私とナス男を交互に睨むと、こう怒鳴った。

「おい、おまえら誰に断って座ってんだよ!どかんかい!俺の席だろうが!」

私がナス男をちらっと見ると、ナス男は目を合わせないように下を向いていた。しかも、小声で「謝って、謝って」と私に言ってきた。
頭にきて無言で立ち上がると、なぜかナス男も立ち上がった。おっさんは更に絡んでくる。
「くそガキ!誰に断って座ってんのか聞いてんだろうが!」
おっさんに怒鳴られたナス男は、真っ青な顔をしながら答えた。私を盾にしながら

yakuza

「こいつが座ろうって言ったんですっ!こいつが座ろうって!」

私はナス男の腰抜けっぷりに唖然とした。
「おいらはヤクザなんて怖くねえ」だの「実際ヤクザは優しいよん」だの、いつも言ってなかったっけ?

私は、大きな野太い声で、ナス男に怒鳴った。
「ふざけんな!金玉ついてんのかよ!」

ちょうどその時、生活に疲れた感じのおばさんが駆け寄ってきておっさんの腕をつかんだ。奥さんだろうか?
「何やってんのよ、もう!やめて!お願いだからやめてちょうだい!お嬢さんごめんなさいね、無視して行ってちょうだい!まったくもう!」
ナス男は凄い速さで逃げていった。


翌日、ナス男から電話で「昨日は大丈夫だった?いやー、あれは作戦だったんだよ」だの何だの言い訳をされた。
私は電話を切るとすぐに着信拒否。それ以降、ナス男とは一切関わっていない。
あんな腰抜け、友達にもなりたくない。

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